桑名藩の飛び地だった柏崎
- 上杉の越後をおそれた徳川幕府は、越後をずたずたにしました。
- 幕末には11藩に分割しました。
長岡藩、村上藩、高田藩、糸魚川藩、 新発田藩、村松藩、与板藩、三根山藩、三日市藩、黒川藩です。
石高は最大の高田藩でも15万石におさえました。 - また、天領を今の新潟市など6カ所につくりました。
天領は幕府の直轄領です。 - さらに、6カ所を飛び地にして他藩に経営させました。
柏崎も伊勢の桑名藩の飛び地にしました。
小千谷も会津藩の飛び地にしました。
このほかに米沢藩、上ノ山藩、高崎藩、沼津藩などにも飛び地をあてがいました。 - 会津藩主の松平容保(かたもり)は、戊辰戦争で最後まで徳川側につき、会津で、また飛び地の小千谷などで戦いました。
司馬遼太郎の『峠』は、長岡とその南にある小千谷の地形から題名をとった、ものと記憶しています。 - 伊勢の桑名藩は、有数の親藩でした。
桑名藩主松平定敬(さだあき)は、松平容保(かたもり)の弟でした。
定敬(さだあき)も、幕府側につき、桑名から柏崎に移り最後まで新政府軍に抵抗しました。
- 柏崎市内 桑名藩関係場所
- 柏崎市 ウィキペディア